2017年5月3日水曜日

山ほほ笑む 酒谷山

2017/5/3 酒谷山
ルート図
*農道終点に駐車(車寄せのspaceほぼ2台分あり)。牧場を森林の方向へほぼ直進する。

*◎の箇所にトドマツ孤立木あり。ここのササを押し分けると作業路跡(北電作業路跡?)が見つかる。

→印の作業路に沿って送電線下の酒谷山直下まで地形をうねりながら上る。

*途中、標高400mを越えるあたりで作業路を横断する林野庁管理の境界管理歩道がある。

*頂上直下が草地の鉄塔広場(格好の山座同定の広場)。

*鉄塔下草地と山頂への傾斜変換のコンター430に沿って良く管理された歩道(奥津内川と酒屋川を結ぶ)がある。


1↓ 山頂直下の送電線鉄塔敷地内(下図の草地)から見る酒谷山(標高差ほぼ20m)。
草地と笹生地の間に良く管理された歩道がきれいに整備されていた(奥津内川から酒谷川へ尾根を横断する歩道であろう)。
国縫層の角礫岩が発達する地域で、地形にもそんな様子がうかがえた。


2↓ 酒谷山の山頂表示板。4本立ちのエゾイタヤに括りつけられていた。
書体の世界は分からないが、宮沢賢治の童話の世界を思い浮かぶ、親しみ持てる書体だった。
山頂部は繰り返し伐採されたと思われ、ブナは全く見当たらなかった。


 
3↓ 山頂の二等三角点、点名:酒谷山。 刈り払われ分かりやすくなっていた山頂にしっかりした標石が埋設してあった。
このような藪山も登る人が多くなってきた様子で、鉄塔下の草地からの先に、尾根に沿ってチシマザサの踏み分け道が見つかった。


4↓ 山頂の南尾根側:頂き標識を括りつけた数本の株立ちはエゾイタヤ、周りはアブラホのほか殆どシナノキが多かった。下層はキシマザサ。




 
5↓ 山頂の東尾根側:シナノキ群の奥にコブシ咲く。




 
6↓ 山頂の北側尾根:ダケカンバが木立を作っていた(直下は鉄塔広場)。古い二次林と思われた。



 
7↓ コンター430に沿って奥津内川と酒屋川を結ぶ良く管理された歩道があった。その歩道の肥沃斜面に立つシナノキに着生していたオシャクジデンダ(冬緑性の樹上シダで、夏に枯れ針葉を展開する。葉は硬くない草質。オシャクジは、乾燥時の形が杓子を連想することからと思っていたが、木曽の社貢寺からだという。)




 
8↓ 二等三角点らしくその山座同定を思うままにかなりの時を楽しめた。
左から冷水岳、白水岳、臼別頭、ユーラップ岳、太櫓岳。 いわゆる熊石アルプス。
手前には雪解け進み残雪がまだらな岩子岳、ペンケ岳。



 
9↓ 後志と渡島・桧山を界する狩場山。右へカスペ岳、メップ岳、カニカン岳、点名:利別Ⅱ、長万部岳。


 
10↓ 左から点名:利別Ⅱ、カニカン岳、長万部岳、二股山、離れて白いテーブルは黒松内岳。 まだ浅き緑の八雲平野は春耕の繁忙期。




 
11↓ 長万部岳、二股山、黒松内岳。ダケカンバの前にブナの冬芽が大きく膨らんでいるのが分かる。新緑はすぐそこにある。冬芽のふくらみ状態から花芽のふくらみとみて間違いないであろう。ブナは種子をたくさん着ける豊作の年になりそうだ。




 
12↓ 後志と桧山を界する茂多岬から狩場~利別Ⅱ。手前の緑なす平野は八雲平野。




 
13↓ 駒ヶ岳。右端の山は?濁川カルデラの外輪にある毛無山?。



 
14↓ 右端が狗神岳。




 
15↓ スタートの牧場から展望する噴火湾越しに目国内岳~尻別岳の峰々。草地の左側に農道終点が見える。




 
16↓ 牧場を介して農道終点の反対側にトドマツ孤立木あり、ここのササを押し分けると作業路跡(北電作業路跡?)が見つかる。





 
17↓ 牧場から前方の疎林の中に作業道が現れた。送電線工事のときに作られた道なのであろうか。維持修理等の手入れもされていないようだが道の傷みは少なかった。傷みの少ない路面、崩落個所もほとんど無い。穏やかな地形が遠因と思われた(国縫層角礫岩)。 




 
18↓ シュリの針葉。開花時の赤みはすでに薄れて新たな生活のステージを迎えていた。




・どちらを向いても山ほほ笑む:山笑うは春がもっと進んだころであろうか。とすれが「山ほほ笑む」がよろしいか?
山笑うは「春山淡冶にして笑うが如く、夏山蒼翠にして滴るが如く、秋山明浄にして粧うが如く、冬山惨淡として眠るが如く」に拠るとされている。