昨日下見となった幌内岳(地元通称二つ山)へ、昨日と同じメンバーsakag・sho両氏と、厚沢部町の当路地区にある当路林道を経由してホロナイ川に下り、作業道や歩道にのって痩せた北稜を目当てにして登った。僕は1989年の残雪期に「森林観察会」のメンバーを引き連れて登っている。同行の両氏は「一山ゲット」の初登頂であった。
ブナの柔らかな色合いにこちらの身体も染まるような心地する山肌は「山笑う」季節である。北陵は、激しく伐採されたとはいえ、元禄時代のころから資源保護政策が続けられたヒバ林域の核心部にある。短かな尾根であったがヒバの尾根を歩く心地よさもおおいに堪能できた。
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幌内川林道~右股の作業道~南稜に沿う歩道から幌内岳へのルート |
二つ山とも呼ばれる幌内岳(当路地からの展望) 目を凝らすと山肌を黒くしているヒバ林、緑のブナ林 |
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山麓のヒバ林:柔らかな色合いはブナ |
点名:幌内の基準点 |
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農耕地が広がる館盆地、手前の丘陵地に館城趾(頂から)が見えた 茂刈山から八幡岳そして沼の沢~館城址への古道を訪ねてみたい |
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身体も染まりそうになるブナ林の季節だ (年を加えるごとに美しさが増すのはなぜ?) |
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ヒバ林が立地する基岩は基本的には古生代松前層群 (古くは日高古生層と呼んだ) |
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切り土から崩落した岩礫:チャートも含むものもあり、多くは砂岩・スレート混じる 礫岩が多かった。林道・作業道はほとんどこの礫でひきつめられていた。僕の装 備は地下足袋だったので、林道や作業道の歩行は、足裏への衝撃は辛かった。 |
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当路林道は雑木林主の町有林で、奥はヒバ林を抱えた国有林になっている。その境界近くの町有林でトドマツを伐採している現場に出合った。トドマツーヒバ(下層はヒバ、上木はトドマツ)の複層林で、受光調整のための上木を伐採しているようである。かなり懐かしい案内板(写真)に遭遇した。表示板の「太陽の強さを制御させる云々・・」の記述は、当時の情熱、森林管理技術への確信などを思い出させた。少々面映ゆい気分が我が心をよぎった。「オー元気で居て良かったな~」感慨深かった。標識に記述した指示内容にほぼ従った受光伐は、現代の次々と心が・関心が移りゆく人々を、また忘れやすい人々を、この標識は「試験研究した」人の思いを引き継いでくれたのだと思った。頑張れ標識よ、下層のヒバ達よ・・・である。
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移り行く人々へ試験地設定時の思いを今に引き継いだ表示板 |
試験設定時の設計にしたがって受光調整の施業が展開されていた |
◆標識の読み取り◆
◇トドマッーヒパ複贈林展示林◇ 当路町有林8-56林小班1.11haヒバが自生する厚沢部町は、ヒバの森の拡大を願いヒバ植林の技術の定着のために、ここに展示林を設定した。
ヒパの椎樹時代は強い光を嫌い、樹下でゆっくり育つ樹種特性がある。
幼樹時代になると、全天の光を利用して、どんどん成長をはじめる。
このため、上木のトドマツに太陽の強さを制御させる「ヒバの樹下植栽」の方法を試みている。
・植栽1994年6月7日
本数 2,000本/ha 苗間隔1.25m
苗木 下北産6年生苗1,720本
土橋産挿し木苗3年生苗500本
・上木1940年植林のトドマツ
抜き伐1994年(伐採率40%)
・今後の施業
ヒバの樹高0.6m時こ上木を250本/ha残して伐採。
ヒバの樹高2.0m時に上木を全部伐採。
1994年11月森の中の街 厚沢部町
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タカラダニ?アカダニ???分かる方へ「教えてください」 |