五郎助岳は、私の伝説の山となっていました.その訳は、1 五郎助岳の頂付近に、修験者が籠もった岩窟があるとの言い伝えがある.2 往時、五郎助岳は江差町豊部内から館への山道であったと古老は語っていた.3 元山の山麓の風力発電所建設に働いていた厚沢部町上里の老マタギ米谷林蔵さんが、仕事場から五郎助岳経由で自宅まで歩いて帰ったことがある.こんなことを見聞きしていたことがあって、五郎助岳に行きたいと願ってから20年も経ってしまいました.<1940年台の地図に上の国茂刈山→八幡岳→館への道が明示されている.それに比べると江差豊部内→五郎助岳→当路への道は生活路としても全く無理はないと思われる>
雪山シーズンへの体慣らしに登った先週の七飯岳の帰路、車中でSakagさん、Shoさんらと「次週は?」との問いに、取るに足らない「低山」だけれど、念願の「五郎助岳」を提案して、採用された山でした.
八幡岳から当路集落へ北流するコサナイ川の右岸ある林道を、車を国有林野の境界ゲートまで、雪道を進めることができました.コサナイ川に降りて渡渉した地点が取り付き尾根になります.帝室林野局が管理した、御料林の境界に沿って尾根をたどれば山頂に至ります.古生層特有の谷壁状の取り付きは「今日の核心部だ」の声が上がるほどの急斜面でした.雪を載せたササ斜面を避けて、ガリー状の凹部(小沢)を、新雪+新鮮落葉+岩礫の3層を靴底で確かめながら、慎重な「梯子登り」で這い上がりました.途中ヒノキアスナロの小林もある標高差150mを登りきって、安定した尾根に立ちました.平均斜度35°を超す、最大斜度40°はあったでしょうか.
早くも、御料林の境界標石(御影石)を雪の尾根に発見できました.頂までの間に、積雪の下、幾つかの標石が足に引っ掛かりました.雪の下から見つかっただけでも、山地の境界としては「なんだこの多さは?」でした.往時、生活資源を木材へ依存した社会があったとはいえ、異常なほど密度が高く標石が設置されていました.
2011年11月26日土曜日
2011年11月23日水曜日
七飯岳<雪山シーズンへ>
今秋の勤労感謝の日は、夏道情報真偽確認もあって砂蘭部岳を予定していました. 生憎函館は21日16cm、22日7cm、2日続いての降雪がありました.いよいよ冬の積雪シーズンです. これでは夏道探索にならないので砂蘭部岳は諦めました. それぞれ体を空けていたので、冬山への体慣らしを兼ねて、近くの七飯岳に SakagさんとShoさんと三人で出かけることになりました. 高速道路の山側近くに車をデポして、冬山ガイドにも紹介されている鳴川採石場の北側尾根ルートをたどりました. 山地への植林では稀なカツラ植林地を過ぎた場所から尾根に取り付きました. 採石場を目にしながらの雑木林の尾根歩きが続きました. 採石場を離れるあたりから雑木林にブナの木が少し混じってきます。太いブナの木もありました. 雑木林を抜けると城岱牧場に入ります. 牧場の南東縁では50cmの吹き溜まりになっていました. チョットの区間でしたが、膝頭で雪を押す感触は冬山シーズンへの体慣らしに十分です. SakagさんのHPでもわかるように、雪の頂、碧き空、雪の乙部岳、うれしい初冬の風景でしした. 初めて訪れた東端の鋭い雪の岩場は、降りて登って・・・静かな時間を過ごせました. 岩場にはコメツツジのほかにハイマツも生えていました. SakagさんもShoさんも南アルプスの光岳を訪ねています.ハイマツの地理上の分布南限が話題になりました.渡島半島の自生地で最も低い標高は何処か?・・・二等辺三角形の工事中の新幹線操車場を眺めながら降りました.
帰路、ハイマツを数株観察しましました. 恵山のヒメコマツをハイマツに見間違う例もあるので、ハイマツの葉っぱを少しいただいてきました. 葉断面の樹脂溝は、確かにハイマツのものでした.
・ハイマツの樹脂溝=1~3個.下表皮に接し、辺3等分の位置か中央に寄る
・ヒメコマツの樹脂溝=2個.下表皮に接し、辺3等分の位置より両隅に寄る
ブナの木が少し混じる幅の広い尾根歩道の雑木林
磐梯号遭難地の深い沢の向こうに樹氷が美しい横津台地
・ハイマツの樹脂溝=1~3個.下表皮に接し、辺3等分の位置か中央に寄る
・ヒメコマツの樹脂溝=2個.下表皮に接し、辺3等分の位置より両隅に寄る
ブナの木が少し混じる幅の広い尾根歩道の雑木林
磐梯号遭難地の深い沢の向こうに樹氷が美しい横津台地
桧山地方の山々は早くも雪に覆われていた.乙部岳のヒマラヤ襞(?)が遠望できた
2011年11月20日日曜日
磐石岳<三角点の改測>
落部の磐石岳に登った。雪の季節一度、故あって今秋二度登った。見たのは初めてだが、新しい標石(三角点)が埋設されていた。どのような要因でこのような事業が起こるなわれることになるのであろうか・・・知りたいものだ。同行のSakag氏の喚起があって、車中から、近隣の林道肩に新設の四等三角点も目に入った。地理院の基準点に関する動きが、最近あった磐石岳周辺と思われた。
◇ 磐石岳の三等三角点情報は以下のとおりであった
成果区分 成果の公表を停止しているため、座標値等は閲覧できません。
作業年月日 2007 12 20
状態 成果異常
年月日 20110822
地目 保安林
.............................................
写真:
基準点コード TR36340126801
冠字選点番号 温13
基準点名 釜別沢
ワンストップサービスの可否 ×
基準点成果情報
登録年月日 2011/10/31 状態 改測 成果区分 成果の公表を停止しているため、座標値等は閲覧できません。
作業年月日 2007 12 20
状態 成果異常
年月日 20110822
地目 保安林
.............................................
写真:
2011年11月13日日曜日
三角山<鉛川>
鉛川沿いのCo280付近からN55E方向の三角山に向かった。・438m、・591mを経由して頂に至る、しっかり刈り払われた尾根道がついていた。<登山口の位置図=北緯42度10分20.3秒 東経140度8分23秒>
急斜面、瘠尾根、ミニ蟻の門渡りの地形は、歩道を維持修理する作業者の苦労は如何許りかと思いながらの登りになった。
このコースは、数日前にsakag氏が登った情報があるあから不安はない。さらに国有林の境界標石が明瞭だった。
急斜面、瘠尾根、ミニ蟻の門渡りの地形は、歩道を維持修理する作業者の苦労は如何許りかと思いながらの登りになった。
このコースは、数日前にsakag氏が登った情報があるあから不安はない。さらに国有林の境界標石が明瞭だった。
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